2022年2月19日土曜日

1月9日礼拝「目を覚ましていなさい」


 「目を覚ましていなさい」

「だから、目をさましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないからです。」(マタイ25:13)

今日のテキストは、 花婿の到着を待つ、花嫁の友達10人の乙女のたとえ話です。花嫁の友達は花婿が到着してから、楽しい祝宴に向かう筈でした。しかし花婿の到着が遅れて、真夜中になりウトウトと居眠りをしてるさなか、突然、花婿が到着しました。

10人の内5人は賢く、油を入れ物に満たしていたので灯火を持って、すぐさま花婿と一緒に花嫁のいる祝宴会場に行くことができました。しかし5人は愚かで油の備えがなく、灯火が消えていたので、祝宴に入ることができませんでした。

 この花婿の到来は、イエス様の再臨のことです。聖書には、イエス様が十字架にかかり、3日目によみがえられたことだけでなく、やがて再び、この地上に戻って来られ、ご自身が始められた「神の国」を完成するとを約束されています(マタイ24、1テサロニケ4)今は主の再臨の前兆が世界中に見られる時代になっています。(マタイ24)まさに花婿の到着が遅れている真夜中と同じ状態、花婿がもうじきやって来る時代です。

 「その日」(花婿の到来、再臨)は喜びであり、私たちは「その日」を待ちわびています。この地上にあっては、信仰のゆえに、誤解されたり、受け入れられなかったり、悲しい思いもするのですが、主が全てを完成してくださるからです。

 イエス様は「見よ、私はすぐに来る」と約束しておられます(黙22:7)。でも神様の目から見ての「すぐに」と、私たちの思う「すぐに」は違います。聖書は「主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです(Ⅱペテ3:8)」と言っています。二千年間クリスチャンは主の再臨を待ちわび続けています。しかし、まだ実現はしていません。そこである者は「眠って」しまうのです。「心は燃えていても、肉体は弱いのです(ルカ14:38)。」今日のたとえ話の中でも、賢い五人も眠ってしまったとあります。そして「その日」は突然やってきます。「そら、花婿だ。迎えに出よ!」との声が響きわたるのです。その時、内面の違いが「明白に」されます。

 娘たちは、みな起きて、自分の灯火を整えました。その時、愚かな娘たちは、賢い娘たちに「油を少し私たちに分けてください」と言いました。賢い娘たちは「いいえ、店に行って、自分のを買いなさい」と答えました。その時が来てしまってから助けることはできないのです。

 再臨を待ち望む生活とは、油の備えがある生活、「放縦や深酒や生活の煩いで、心が鈍くならないように注意」(ルカ21:34)し、自分を聖く保ち、互いに愛し合い、落ち着いた日常生活です。むやみに怖がったりせず「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について感謝しなさい」とも教えられています。それがすなわち「御霊を消さない(油を絶やさない)」賢いおとめの生き方なのです。

 イエス様では「神の国」を、「盛大な祝宴」「披露宴」にたとえて話され、

「祝宴を催す場合には、むしろ、貧しい者、からだの不自由な者、足のなえた者、盲人たちを招きなさい。その人たちはお返しができないので、あなたは幸いです。義人の復活のときお返しを受けるからです」(ルカ14:13-14)と語られました。

 自らの貧しさや弱さを認め、主の前に謙遜でへりくだった心は、神の国の祝宴の招きに喜んで応答します。

 日常生活で、週ごとの礼拝の主との交わり、神の家族の交わりや、日々の祈りとみことばでイエス様と個人的に交わり、御言葉と聖霊の励まし(油注ぎ)で魂を充足させ、主の福音に生きることが、神の国の祝宴の招きに応答していることです。

「子どもにとって、ほかのどんな場所よりも我が家にいる方が好きだというのはいい兆候だ。これが父なる神の家について、私たち一人一人にも当てはまるとしたら、なんと恵まれたことだろう。私たちがそう思えない理由は、そのことの喜びを十分に知らないからである。」(JBストーニー)



2月20日メッセージ「主は全ての災いからあなたを守る」

 

詩編121編7-8節

 「主はすべての災いからあなたを守り、あなたのたましいを守られる。

 主はあなたを行くにも帰るにも今よりとこしえまでも守られる。」


先週のみことば詩編91編「災いはあなたに降りかからず、疫病もあなたの天幕に近づかない。主があなたのために御使いたちに命じてあなたたのすべての道であなたを守られるからだ。」とともに、主の圧倒的な守りを宣言しているみことばです。


第二次世界大戦の頃のことです。イギリス軍にウイットゼイ大佐という人物がいました。彼の率いる連隊は全員が毎日朝晩、詩篇91篇を朗読して神に安全を祈ったそうです。彼の連隊は五年間激戦地に派遣されていました。他のほとんどの連隊は全滅したり、多数の死者を出していました。ところが彼の連隊だけは一人の死者も出なかったのです。

詩編91編、詩編121編のみことばを毎日告白して祈ることは幸いです。

主は私たちの避けどころです。親鳥の翼の下に身を寄せるヒナのように、主は私たちを守ってくださいます。御翼の影に身を寄せることとは、具体的に祈りのある生活のことです。祈らないクリスチャンは翼のない鳥のようだと例えられます。

毎朝祈りをもっって始まり、祈りをもって一日を終えること。祈りの時間を持つ事は幸いなことです。神様との親しい交わりは、力の源、魂と心が守られる秘訣です。

「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。」(箴言4:23)

疫病や災害など不安の材料が多い社会で、魂の葛藤を覚える毎日を過ごしています。人と人との正しさがぶつかりあって、深刻な悩みや問題を抱えている方々に多く出会います。

そのような中でも、ペテロ第一5:6-9は、信仰生活の勝利の秘訣を示しています。

 「6 ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。7 あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。

8 身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。9 堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。 」

 敵である悪魔は吠え猛る獅子のように食い尽くすべきものを探し求めています。

しかし、堅く信仰にたって悪魔に立ち向かい勝利を手にすることができます。

それは、神の御手にへりくだることです。へりくだるとは、自分の力に頼ることをやめ、神を避けどころとすることです。また、思い煩いを神に委ねることです。

その結果、罪から来る災いや悩みを避けることができます。

2022年2月12日土曜日

2月12日メッセージ 御翼の影~ 神様の圧倒的な守り~

 詩編91編のテーマは「神様の圧倒的な守り」です。


 

 【御翼のかげ】

  詩編にしばしば記されている”御翼の影”とは?神様の圧倒的な臨在を

 現すことばです。神様は愛するひとりひとりを、神様の圧倒的な臨在の中で守ってくださる力強い約束のことばです。

「ひとみのようにわたしを守り、みつばさの陰にわたしを隠し、わたしを  しえたげる悪しき者から、わたしを囲む恐ろしい敵から、のがれさせて  ください。」詩編17:8、9  

「神よ。あなたの恵みは、なんと尊いことでしょう。人の子らは御翼の   陰に身を避けます(詩36:7)」

「神よ。私をあわれんでください。私をあわれんでください。私のたまし  いはあなたに身を避けていますから。まことに、滅びが過ぎ去るまで、  私は御翼の陰に身を避けます(詩57:1)」

「私は、あなたの幕屋に、いつまでも住み、御翼の陰に、身を避けたいの  です。セラ」(詩61:4)」


  火事で焼け死んだめんどりの実話です。めんどりは、焼け焦げた姿で発見 されました。ところが、その下に 生き延びたひな鳥がいたのです。めん どりには翼がありますから、飛んで逃げ去ることもできたでしょう。しか し、めんどりはじっと動かず、自分の命を犠牲にしてひな鳥を守ったので す

 イエス様は十字架を前にしてエルサレムを涙して祈りました。「ああ、エ ルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石 で打つ者、わたしは、めんどりがひなを翼の下にかばうように、あなたの 子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好 まなかった(ルカ13:34)」。

  イエス様の十字架の血潮によって贖い出された私たちを神様は圧倒的な臨在(雌鶏の翼の下)で魂と霊とすべての領域をい包み、守ってくださることを詩編は語りかけています。

 「わざわいは、あなたにふりかからず、えやみ(疫病)も、あなたの天幕に 近づかない。11 まことに主は、あなたのために、御使いたちに命じて、 すべての道で、あなたを守るようにされる。」  「御使いはみな、仕える 霊であって、救いの相続者となる人々のために遣わされたのではありませ んか。(ヘブル1:14)」。



 

  「彼がわたしを愛しているから、わたしは彼を助け出そう。」


2022年2月5日土曜日

2月6日メッセージ「 すべての道で主を認めよ」

 

「心をつくして主に信頼せよ、自分の知識にたよってはならない。6 すべての道で主を認めよ、そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる」(箴言3:5-6)      

箴言3章は1節から12節までに繰り返して「こうしなさい」「そうすれば」と約束されています。

聖書には、神様の恵みにあずかる秘訣が明確に示されています

  マタイ6:33

 ピリピ4:6-7    創世紀12:1-3

 使徒16:31      出エジプト20:6

世界を統べ治めている神様は、揺るがない正確な道筋を持っています。それに私どもが当てはまるとき、神様は速やか確実に恵んでくださいます。

反対にそれからずれると、恵みを受けることができません。非常に明確です。神様の祝福、恵みは、すべての人に注がれています。神様がこうしなさいと求められるところに従って、「はい」と、自分を当てはめると、瞬時に恵みを注いでくださいます。それが聖書でいう、神様に委ねることです。


「すべての道で主を認める」は、子ども賛美歌のフレーズ「主イエスと共に」の通りです。「主イエスと共に歩きましょう、どこまでも、主イエスと共に歩きましょういつも。嬉しいときも悲しいときも、歩きましょうどこまでも、主イエスと共に歩きましょう。いつも」幼い頃、子ども礼拝で楽しく歌っていた子ども賛美歌を時々口ずさみます。その通りだと思います。

「Walking With Jesus Walking everyday All along the way、Waliking in the sunrise Walking in the shadow Walking everyday All along the way]そのまま訳すると「日向の道も陰りの道も、いつでも毎日、すべての道でイエス様と一緒に歩きましょう」と歌います。箴言3:6の通りの賛美です。

①主を畏れる生き方

箴言3:7「自分を知恵ある者と思うな、主を畏れて悪から離れよ」

詩編16:7 「私は助言を下さった主をほめたたえる。まことに、夜になると、私の心が私に教える。8 私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆるぐことがない。」

 

②すべての恵みの源は主であることを認める生き方

箴言3:9「あなたの財産とすべての収穫の初物で、主をあがめよ。」

詩篇118:24「これは,主が設けられた日である。この日を楽しみ喜ぼう。」





2022年1月29日土曜日

1月30日 メッセージ「 愛の実践」

 

メッセージ「 愛の実践」


イエス様がオリーブ山で弟子たちに語られた大切な「天の御国」のたとえ話の3つ目です。

聖書の預言は必ず成就します。主の空中軽挙、大艱難時代、そして主の地上再臨です。地上再臨後に、キリストはエルサレムから全世界を統治されます。世界中の聖徒は、その日が1日でも早く来るように期待しています。

この例え話は、主の地上再臨の時に、すべての国民(異邦人)を正しく裁かれることを現しています


1)山羊と羊に分けられる

  人の目では同じに見えても、主は内面を見られます。

 羊も山羊も一緒に過ごしていますが、羊飼いは羊と山羊を分けるように

 主の正しく裁かれ、「永遠のいのち」か「永遠の刑罰」か分けます。

  『彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人 が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る』」(1 サムエル16:7)

  

2)愛の実践

   「永遠のいのち」に入る人とはどのような人のことを現しているのでしょうか。 

 イエスの救いを受け入れ、罪から救われ、その愛に応答する人です。

 ヨハネ 13:34~35

 「あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合い なさい。わたしが愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛しな さい。もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなた がたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」

 

3)小さい者の一人にしたのは

    その愛の実践は、小さい者にしたかどうかということです。

  小さい者とは、トルストイが著した「くつやのマルチン」は有名です。日常、困窮した隣人に神の愛に導かれて施した小さな愛の行為は、「わたし」(キリスト)にしたことだと主は語っておられます。「施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。」(マタイ6:3)

  また、「エルサレムの平和のために祈れ」(詩編122:6)とあるように、 小さいものにしたこととは、イスラエルの祝福を願い祈ることです。

  そのような祈りを捧げる人を、神は祝福されます。なぜなら、アブラハム契約の中に、イスラエルを祝福する異邦人は、祝福を受けるという約束があるからです。

  


2022年1月22日土曜日

1月23日 メッセージ「主人の喜びを共に喜んでおくれ」


 メッセージ「 主人の喜びを共に喜んでくれ」

マタイ25:14-21

14 天の御国は、しもべたちを呼んで、自分の財産を預け、旅に出て行く人のようです。

15 彼は、おのおのその能力に応じて、ひとりには五タラント、ひとりにはニタラント、もうひとりには一タラントを渡し、それから旅に出かけた。

16 五タラント預かった者は、すぐに行って、それで商売をして、さらに五タラントもうけた。

17 同様に、ニタラント預かった者も、さらに二タラントもうけた。

18 ところが、一タラント預かった者は、出て行くと、地を掘って、その主人の金を隠した。

19 さて、よほどたってから、しもべたちの主人が帰って来て、彼らと清算した。

20 すると、五タラント預かった者が来て、もう五タラント差し出して言った。『ご主人さま。私に五タラント預けてくださいましたが、ご覧ください。私はさらに五タラントもうけました。』

21 その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』

 

1)小さいことに忠実に

   「天の御国とは?」で始まるたとえ話です。

 主は「小さいことに忠実な人」を喜んでくださいます。

 人間の価値観では「小さいこと」とは評価されません。しかし主の目は

 違います。

 天の御国の価値観は「最も小さな者たちにしたのは、偉大な主にしたこと とと思っておられ」(マタイ25:40)のです。

 それぞれタラントに大小がありますが、主はその大小を見ておられるので はなく、主の大切な財産であるタラントに「忠実である」かどうかを見て おられるのです。 

 「幼子と乳飲み子の口」を通して力を打ち立てられる主(詩編8:1)は

 人の目には小さい者の小さな働きを通して力強く栄光を現されます。


2)良くやった良い忠実なしもべだ

 どんな小さなことでも偉大な主の前でしているという意識、

 小さな者の祈りや礼拝も主が喜んで受け入れてくださっているという喜び

 クリスチャン生活の喜びは、日常の些細なところに数多くあります。

 主は、小さな者、取るに足りない者、無に等しい者を、主の働きのために

 選び、用いておられます。


 コリント第一1:27 しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この 世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選 ばれたのです。1:28 また、この世の取るに足りない者や見下されている者 を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、 無に等しいものを選ばれたのです。1:29 これは、神の御前でだれをも誇ら せないためです。


2022年1月15日土曜日

2021年1月16日 チャレンジ~「上昇気流に乗って」


 今年は積雪量が多く、

 久しぶりに岩手らしい冬を過ごしています。

  今朝、朝日に染まって鮮やかなピンク色に化粧した岩手山です。

 

  さて、本日の聖書のことばは、


  「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」(イザヤ40:31)

   です。



 鷲は、猛禽の類の中でも一番巨大な鳥です。コンドルは翼を広げると3~4メートルになりますが、標高5~6千キロメートルものアンデス山脈の上空を悠々と飛び越えるそうです。

 鷲は岩場でじっと、上昇気流が来るまで待ち続けます。上昇気流を感じ取ると

気流にのって、翼を広げて飛び立つのです。

 雀のように羽を力いっぱいバタバタさせません。

 

  聖霊に励まされて前進するクリスチャンも鷲のようです。

 いろいろな課題の前に無力さを感じる時、この御言葉に励まされます。

キーワードは、「主を待ち望む」です。

主に目を向け、主を認めることです。

「あなたの行くところどこにおいても主を認めよ、そうすれば主はあなたの道をまっすぐにされる」(箴言3:6)

 主は、天地を創造されて支配され、無から有を創造された力ある神です。

 十字架の血によってすべての悪魔の力を討ち滅ぼされ、勝利を収めた主イエス様です。

 私たちをあるがままで愛し受け入れてくださる主です。


 イエス様は日々招いています。

「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイ11:28)

 主の前にへりくだって近づくとき、重荷がとられ、リフレッシュされます。

魂の充電です。そして御心に叶った志が与えられ、主は事を行ってくださると御言葉は約束しています。


「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて

志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。」

ピリピ2:13