2022年1月29日土曜日

1月30日 メッセージ「 愛の実践」

 

メッセージ「 愛の実践」


イエス様がオリーブ山で弟子たちに語られた大切な「天の御国」のたとえ話の3つ目です。

聖書の預言は必ず成就します。主の空中軽挙、大艱難時代、そして主の地上再臨です。地上再臨後に、キリストはエルサレムから全世界を統治されます。世界中の聖徒は、その日が1日でも早く来るように期待しています。

この例え話は、主の地上再臨の時に、すべての国民(異邦人)を正しく裁かれることを現しています


1)山羊と羊に分けられる

  人の目では同じに見えても、主は内面を見られます。

 羊も山羊も一緒に過ごしていますが、羊飼いは羊と山羊を分けるように

 主の正しく裁かれ、「永遠のいのち」か「永遠の刑罰」か分けます。

  『彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人 が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る』」(1 サムエル16:7)

  

2)愛の実践

   「永遠のいのち」に入る人とはどのような人のことを現しているのでしょうか。 

 イエスの救いを受け入れ、罪から救われ、その愛に応答する人です。

 ヨハネ 13:34~35

 「あなたがたに新しい戒めを与えましょう。あなたがたは互いに愛し合い なさい。わたしが愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛しな さい。もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなた がたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」

 

3)小さい者の一人にしたのは

    その愛の実践は、小さい者にしたかどうかということです。

  小さい者とは、トルストイが著した「くつやのマルチン」は有名です。日常、困窮した隣人に神の愛に導かれて施した小さな愛の行為は、「わたし」(キリスト)にしたことだと主は語っておられます。「施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。」(マタイ6:3)

  また、「エルサレムの平和のために祈れ」(詩編122:6)とあるように、 小さいものにしたこととは、イスラエルの祝福を願い祈ることです。

  そのような祈りを捧げる人を、神は祝福されます。なぜなら、アブラハム契約の中に、イスラエルを祝福する異邦人は、祝福を受けるという約束があるからです。

  


2022年1月22日土曜日

1月23日 メッセージ「主人の喜びを共に喜んでおくれ」


 メッセージ「 主人の喜びを共に喜んでくれ」

マタイ25:14-21

14 天の御国は、しもべたちを呼んで、自分の財産を預け、旅に出て行く人のようです。

15 彼は、おのおのその能力に応じて、ひとりには五タラント、ひとりにはニタラント、もうひとりには一タラントを渡し、それから旅に出かけた。

16 五タラント預かった者は、すぐに行って、それで商売をして、さらに五タラントもうけた。

17 同様に、ニタラント預かった者も、さらに二タラントもうけた。

18 ところが、一タラント預かった者は、出て行くと、地を掘って、その主人の金を隠した。

19 さて、よほどたってから、しもべたちの主人が帰って来て、彼らと清算した。

20 すると、五タラント預かった者が来て、もう五タラント差し出して言った。『ご主人さま。私に五タラント預けてくださいましたが、ご覧ください。私はさらに五タラントもうけました。』

21 その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』

 

1)小さいことに忠実に

   「天の御国とは?」で始まるたとえ話です。

 主は「小さいことに忠実な人」を喜んでくださいます。

 人間の価値観では「小さいこと」とは評価されません。しかし主の目は

 違います。

 天の御国の価値観は「最も小さな者たちにしたのは、偉大な主にしたこと とと思っておられ」(マタイ25:40)のです。

 それぞれタラントに大小がありますが、主はその大小を見ておられるので はなく、主の大切な財産であるタラントに「忠実である」かどうかを見て おられるのです。 

 「幼子と乳飲み子の口」を通して力を打ち立てられる主(詩編8:1)は

 人の目には小さい者の小さな働きを通して力強く栄光を現されます。


2)良くやった良い忠実なしもべだ

 どんな小さなことでも偉大な主の前でしているという意識、

 小さな者の祈りや礼拝も主が喜んで受け入れてくださっているという喜び

 クリスチャン生活の喜びは、日常の些細なところに数多くあります。

 主は、小さな者、取るに足りない者、無に等しい者を、主の働きのために

 選び、用いておられます。


 コリント第一1:27 しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この 世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選 ばれたのです。1:28 また、この世の取るに足りない者や見下されている者 を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、 無に等しいものを選ばれたのです。1:29 これは、神の御前でだれをも誇ら せないためです。


2022年1月15日土曜日

2021年1月16日 チャレンジ~「上昇気流に乗って」


 今年は積雪量が多く、

 久しぶりに岩手らしい冬を過ごしています。

  今朝、朝日に染まって鮮やかなピンク色に化粧した岩手山です。

 

  さて、本日の聖書のことばは、


  「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」(イザヤ40:31)

   です。



 鷲は、猛禽の類の中でも一番巨大な鳥です。コンドルは翼を広げると3~4メートルになりますが、標高5~6千キロメートルものアンデス山脈の上空を悠々と飛び越えるそうです。

 鷲は岩場でじっと、上昇気流が来るまで待ち続けます。上昇気流を感じ取ると

気流にのって、翼を広げて飛び立つのです。

 雀のように羽を力いっぱいバタバタさせません。

 

  聖霊に励まされて前進するクリスチャンも鷲のようです。

 いろいろな課題の前に無力さを感じる時、この御言葉に励まされます。

キーワードは、「主を待ち望む」です。

主に目を向け、主を認めることです。

「あなたの行くところどこにおいても主を認めよ、そうすれば主はあなたの道をまっすぐにされる」(箴言3:6)

 主は、天地を創造されて支配され、無から有を創造された力ある神です。

 十字架の血によってすべての悪魔の力を討ち滅ぼされ、勝利を収めた主イエス様です。

 私たちをあるがままで愛し受け入れてくださる主です。


 イエス様は日々招いています。

「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイ11:28)

 主の前にへりくだって近づくとき、重荷がとられ、リフレッシュされます。

魂の充電です。そして御心に叶った志が与えられ、主は事を行ってくださると御言葉は約束しています。


「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて

志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。」

ピリピ2:13