2022年7月9日土曜日

7月10日メッセージ【あなたがたは世界の光】

 


【あなたがたは世界の光】 

 

1)イエス様は世の光です。

   イエス様は十字架の死と復活によって、あらゆる人々の人生の闇(生苦(生まれる苦しみ)老苦(老いる苦しみ)病苦(病の苦しみ) 死苦(死ぬ 苦しみ))を蹴散らす真実の光です。

  *ヨハネ1:5

  光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。

 *ヨハネ8:12イエスはまた彼らに語って言われた。「わたしは、世の光で  す。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光  を持つのです。」 


2)あなたがたが世界の光です。

  「世界の光」とは、神から離れ、神を知らずに生きている人の住む世界  に対して、「光」についてあかしするためにこの世に遣わされている意  味です。


    「あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって光となりま  した。光の子どもらしく歩みなさい」(エペソ5:8~9)と勧め、「 5:9―  ―光の結ぶ実は、あらゆる善意と正義と真実なのです。―― 5:10その  ためには、主に喜ばれることが何であるかを見分けなさい。 5:11実を  結ばない暗やみのわざに仲間入りしないで、むしろ、それを明るみに出  しなさい。 5:12なぜなら、彼らがひそかに行なっていることは、口に  するのも恥ずかしいことだからです。 5:18また、酒に酔ってはいけま  せん。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。 5:19詩  と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、  また賛美しなさい。」と世界の光として遣わされたクリスチャンに勧め  ています。


 3)この世への聖書

  「キリストは、ほかの手ではなく、私の手を通して、今日御業を行い、

 キリストはほかの足ではなく、私の足を通して、光を照らしたいと思 う 場所に行かれます。今日、もし行く場所があれば、その場所に着いたら、 祝福があることを祈ります。

 「ほかの舌ではなく、私の舌を通して、誰かを励まし強めたいと願ってい ます。誰かに「あなたが生きていることは素晴らしい」と語りかける祈り の日でありますように。

 「ほかの助けではなく、私の手を通して、だれかに勇気を与えたいと願っ ています。自分にできることで、誰かの力になるようなことが一つでもで きますようにお守りください。」

 「力は弱くても、神さまの愛を伝える小さな聖書となって生きることがで きたら大きな喜びです。」


7月3日礼拝メッセージ「たとい全世界を手にいれても」


 【たとい全世界を手に入れても】 

 1)空の空

   伝道の書1:2~3

  「 空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。

  日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう」

  栄華を極めたソロモン王の言葉です。

  彼は「私の目の欲するものは何でも拒まず心の赴くままにあらゆる楽し  みをした。実に私の心はどんな労苦をも喜んだ。これが私のすべての労  苦による受ける分だった。しかし、私は手がけた事業とそのために骨折  った労苦とを振り返ってみるとなんとすべてがむなしいことよ、風を追  うようなものだ。」と語りました。

    たとい全世界を手に入れるような大成功者であっても、

  「金銭を愛する者は金銭に満足しない。富を愛する者は収益に満足しな  い。」(伝道者の書5章10節)のです。


2)最大の利益を受ける道

     第一テモテ6:6-9

  「6:6 満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。

  6:7 私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出   ることもできません。

  6:8 衣食があれば、それで満足すべきです。」

     私たちが生きていく上で、必要なものはそれほど多くはない。毎日の  食べ物、着るものがあれば大丈夫。お金よりも、心の豊かさを持ち続け  たい。それはお金を愛するのではなく、自分を生かしてくださっている  神様を愛することから始まります。

ヨハネ3:16 

   「神は実にそのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは  御子を信じる者がひとりとして滅びることなく、永遠の命を持つためで  ある」



2022年6月4日土曜日

6月5日 ペンテコステ礼拝メッセージ 教会のはじまり


 【教会の始まり】 

ペンテコステは教会の誕生日です。最も大切なこと(コリント第一15:3-5、イエス様の十字架の死と葬りと復活は自分のためであること)を信じ、イエス様を救い主として信ずる人々に、聖霊様が天から注がれるという大きな出来事によって始まりました。すべての教会の源流であるこの聖霊降臨の瞬間を学び、すべてのクリスチャンに与えられている聖書のメッセージがどのようなものであるかを受け止めましょう


①聖霊によって語られるメッセージ

「 人々があなたがたを連れて行って引きわたすとき、何を言おうかと、前もって心配するな。語る者はあなたがた自身ではなくて、聖霊である。」(マルコ13:11)

 →五旬節(ペンテコステ)に不思議なことが起こりました。強い風炎のよう分かれた舌が集まっていた弟子たちの上にとどまりました。彼らは今まで習ったことのない様々な言語で話をし始めました。弟子たちは聖霊に導かれて神様からのメッセージを語り始めたのです。

 クリスチャンの心にも聖霊様が住んでおられます。そしてこのお方に頼るときに語るべきメッセージが与えられます。 


②あらゆる人々に語られるメッセージ

 「それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。」(マルコ16:13)

聖書のメッセージはどのような相手にも必要なものであることです。それぞれに相応しいかたちで伝えていくことができるように祈りましょう。


③神様の偉大なみわざを語る

詩編105:1-2

 「主に感謝して、御名を呼び求めよ。そのみわざを国々の民の中に知らせよ。主に歌え。主にほめ歌を歌え。そのすべての奇しいみわざに思いを潜めよ。」 

 人々が、いろいろな国のことばで語る使徒たちから聞いたのは、「神の偉大ななみわざ」でした。聖書は神様の偉大なみわざを伝えます。

 人間を創造された神様を知ることが幸せの第一歩だからです。クリスチャンも同じメッセージを人々に伝える責任が与えられています。聖霊様からちからをいただき、神様が聖書の中で語っておられることを 正しく伝え、人々が正しい応答をすることができるよう祈り求めていきま しょう。

2022年5月28日土曜日

5月29日 主日礼拝メッセージ「クリスチャンのアイデンティティー(キリストと共に)」


 「クリスチャンのアイデンティティー(キリストと共に)」

 聖書において、神さまの最初の問いかけのことば、質問は、「あなたはどこにいるのか」(創世記3章9節)である。神さまとの関係が問われているわけである。

1)生まれながらの人間の姿について

 *「すべての人は罪を犯したので神からの栄誉を受けることができず」(ローマ3:23)

*「私たちは神からのものであり、世全体は悪い者の支配下にあることを知っています」(第一ヨハネ5章19節)。

  ◎この世の流れに従った生き方 ◎自分の肉の欲に従った生き方

 ◎空中の権威を持つ者(悪魔)の支配下にあった生き方

    偶像崇拝、人間中心主義、物質主義、快楽主義

2)キリストの内にある私たち

 *「神は私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました」(コロサイ1:23)

 バプテスマを受けキリストに付く者とされた私たちの存在

 悪魔の支配下からキリストの支配下に置かれた「キリストのうちにある私たち」と明言している。

  空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従うのではなく、聖霊に従うものとされている。


3)キリストと共に復活し天の所に座らせていただいている

    私たちの国籍は天にあり(ピリピ3:20)

 私たちは目に見える現実だけ見て生きていると、この世に絡み取られ、この世に流され、空中の権威を持つ支配者に振り回されてしまう。

 みことばには力があり命があります。みことばを告白することは力です。悪魔の攻撃に打ち勝つ武器(剣)です。

 キリストの中にとどまりつづけるために、主の目から見ると、自分は誰でどのような者とされているのか(クリスチャンのアイデンティティー)を宣言していく。 

キリストともに生かされ、ともによみがえり、ともに天の所に座らせていただいている者として、聖霊の空気を吸って、キリストとともに 恵みの高嶺を歩ませていただこう。


2022年5月21日土曜日

5月22日礼拝メッセージ「あなたがたの名が天に書き記されている」

 

「あなたがたの名が天に書き記されている」


  イエス様は行くつもりの町々村々に弟子達を二人づつ派遣しました。

①「実りは多い。しかし働き人が少ない。働き人が起こされるように祈りなさい」

②訪れた先で「平安があるように祈りなさい」

③「神の国が近づいた」と言いなさい とメッセージを委ねて派遣しました。

弟子達は「あなたの名を遣うと悪霊どもでさえ服従します。」と行った先々での大成果を喜んでイエス様に報告しました。


1)あなたがたに害を加える者は何もない

 クリスチャンはキリストともに復活のポジション、悪魔・悪霊の攻撃を打ち砕いた勝利のポジションについています。  どれほど心身に攻撃があっても、迫害や艱難にあっても、魂は神様の手の中に守られています。


*コロサイ3:1 「こういうわけで、もしあなたがたが、キリストととも によみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこにはキリス トが、神の右の座を占めておられます。2 あなたがたは、地上のものを思 わず、天にあるものを思いなさい。3 あなたがたはすでに死んでおり、あ なたがたのいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されてあるからで す。」

 「からだを殺しても、 あとはそれ以上何もできない人間たちを 恐れてはいけません。」(ルカ12:4)


2)「あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい」

   弟子達は目に見える成果を喜んで報告しました。イエス様は彼らの喜び を受け止めつつ、もっと大切なことを喜ぶようにと勧めました。

   目に見える成果や行動(Doing)よりも、主に愛されている存在(Being) として、存在そのものを喜んでくださっています。

 

  イエスの十字架の贖いを信じた一人一人は既に「天国のいのちの書」に

  名前が記され、名前は消されることはありません。

  取るに足りないような言葉や態度や行動であっても イエス様は喜んで  くださいます。

  「しかし、サルデスには、少数ながら衣を汚さなかった者たちがいる。 彼らは、白い衣を着てわたしと共に歩くであろう。そうするにふさわしい 者たちだからである。勝利を得る者は、このように白い衣を着せられる。 わたしは、彼の名を決して命の書から消すことはなく、彼の名を父の前と 天使たちの前で公に言い表す。」(‭‭ヨハネの黙示3:5‬‬)

  「人の前でわたしを受けいれる者を、わたしもまた、天にいますわたしの 父の前で受けいれるであろう。 しかし、人の前でわたしを拒む者を、わ たしも天にいますわたしの父の前で拒むであろう。」

 (マタイによる福音書‬10:32-33‬‬)


2022年5月7日土曜日

5月8日メッセージ 「見ずに信じる幸い」

  「見ずに信じる幸い」

  

八重桜

①見ずに信じる幸い


 *ヨハネ20: 27 それからトマスに言われた。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じるものになりなさい。」

28 トマスは答えてイエスに言った。「私の主。私の神。」

29 イエスは彼に言われた。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです。」


②信仰は目に見えないものを確信すること


 *ヨハネ1: 1 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。

2 この方は、初めに神とともにおられた。

3 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。


③信仰は神のみことばをアーメンと信じるところから始まる


*「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。」(ローマ10:17)

*「イエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。」(Ⅰペテロ1:8)


2022年4月23日土曜日

4月24日 礼拝メッセージ「勝利の確信」

 

「勝利の確信」

  「だれがわたしたちに敵し得ようか。」「だれが、神の選ばれた者たちを訴えるのか。」「だれが、わたしたちを罪に定めるのか。」「だれが、キリストの愛からわたしたちを離れさせるのか。」とたたみかけています。「だれも、何者をも、私たちに敵することはできない、訴えることもできない、罪に定めることも、キリストの愛から離れさせることもできない」という強い表現がこのところに記されているのです。 私たちは、はキリストの復活を通しキリストと共に復活のポジション、圧倒的な勝利者のポジションに置かれていることを聖書は示しています。

●神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。

 私たちはかつて神から離れて、自分中心に、神に敵対して、自己中心に歩んでました。しかし神は、私たちが神の敵となって歩んでいた時でさえ私たちを愛してくださり、その敵の救いのために、和解の御手を差し伸べてくださったのです。天の父は、御子イェシュアを通して「自分の敵を愛せよ」と口できれいごとを言わせたのではなく、事実、十字架にかかって、神の敵であった私たちの罪を赦して下さったばかりか、私たちの生涯の味方となってくださったのです。「味方」という言葉は、神自ら私たちの側についてくださっているという意味です。それゆえ、私たちはどんな敵に対しても勝利者とされている保証があるのです。

●惜しみなくひとり子さえも与えて下った神様の愛

  「無制限の恵み」です。私たちは神から最も必要な最善の賜物として聖霊をいただいています。聖霊はすべての領域における「助け主」です。聖霊の助けによって、私たちに敵対する者に対して、絶えず勝ち得て余りある人生、すべてが益とされる感謝の人生を送ることができるようにしてくださるのです。今回、私たちはひとりひとりが、「主は私の味方。私は恐れない。人は私に何ができよう・・。主は、私を助けてくださる私の味方」(詩篇 118:6~7)であることを大胆に宣言して、主に信頼する者となりたいものです。

●訴えるものからの勝利

黙示録12:10-11「私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからである。 兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。 彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。」

悪魔は私たちを責め立てる者たちなのです。 たった一つ悪魔に立ち向かうことのできる方法はイエス様の血によるものなのです。 私たちの無実さや、業績、良い行いによって悪魔を訴えるならば私たちは失敗に終わってしまいます。 神の御前では、私たちのために犠牲となり、血を流してくださった神の子羊であるイエス様に、より頼むときにおいてのみ、私たちの申し立てが成功するのです。

もし敵が攻撃して来るなら、 敵に対し、私たちは子羊の血と、 私たちのあかしのことばによって打ち勝つことができるのです。 私たちはイエスの流された血によってあらゆる悪に対して勝利を得ることができるのです。


7月10日メッセージ【あなたがたは世界の光】

  【あなたがたは世界の光】    1)イエス様は世の光です。    イエス様は十字架の死と復活によって、あらゆる人々の人生の闇(生苦(生まれる苦しみ)老苦(老いる苦しみ)病苦(病の苦しみ) 死苦(死ぬ 苦しみ))を蹴散らす真実の光です。   *ヨハネ1:5   光はやみの中に輝...