2022年3月5日土曜日

3月5日メッセージ 「気前がいい主人」

  




イエス様が「天の御国は、自分のぶどう園で働く者を雇うために、朝早く出かけた主人のようなものです」と語られた「天の御国」のたとえ話です。

 主人はぶどう園で1日デナリで賃金を支払う約束で労働はを雇います。早朝、朝9時、昼12時、午後3時、夕5時と広場で何もしないで立っている労働者を雇用します。一日労働を終えて賃金の支払いに当たり、賃金を遅くに来た人から順々に等しく1デナリづつ支払います。

 朝早くから来た労働者から「なぜ、たった1時間しか働かない者と、1日中働いた自分が同じ1デナリなのか!」、主人の答えは「自分のもので自分のしたいことをしてはいませんか?それとも,私が気前がいいので、あなたは妬んでいるのですか?このように、『後の者が先になり、先の者が後になる』」と語られました。

◎神様は、一人一人に定められた働きの場を備えておられる

   このたとえで1日は一人一人に与えられている一生を現しています。

 「ぶどう園での仕事」は、一人一人に主から託されている働きです。

「こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、 ただ神の栄光を現わすためにしなさい。」(1コリント10:31)

 「 しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マ リヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけま せん。」(ルカ10:42)


◎天の御国(贖いの恵み)はどのような人にも公平に開かれている

 『後の者が先になり、先の者が後になる』

  「そして,彼はそこをたち,父親のもとに行った。ところが,まだ遠く離  れていたのに,父親は息子を見つけて,憐れに思い,走り寄って首を抱  き,接吻した。」 (ルカ15:20)


    放蕩息子のたとえ話にも通じます。イエス様は、罪人、収税人、遊女、  重い皮膚病に侵された人など、当時の常識では、付き合ってはならない  人との交流を持ち、食事を共にし、ときには触れて癒されました。

  砕かれた心で主を求めるすべての人に天の御国の扉は大きく開かれてい  ます


  「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイ  エスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは 救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われる のです。聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられる  ことがない。」「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」ので す。(ローマ10:10-13)


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